今回の内容は、抵抗を感じるかもしれませんが、
「こんな発想もあるんだなぁ」と受け止めてみてくださいね。
“健康”という言葉の対義語を調べると、不健康・病気・病弱、、、と出てきます。
では、“病気”という言葉で質問します。
いろいろな病気と言うことがありますが、同様にいろいろな健康と言うでしょうか?
いろいろな健康と複数で使わないのと同じで、本来は病気も単数形で使う必要がある言葉です。
健康も病気もどちらの言葉も状態を表す性質だからです。
本題まで回りくどいのですがもう少し、、、
生きている人の体は、意識(魂)や命の働きがあって機能します。
言い換えれば、体は意識からの情報を受けとり現します。
上記をまとめると
意識からの情報とさまざまな体機能が一緒に働いて調和している状態が健康。
意識のバランスが崩れ、ある機能が働らかなくなり全体の調和が崩れた状態が病気です。
ここで、やっと本題に辿り着きました。
前置きが長くなったので、ここからはなるべく端折っていきますね。
病気は症状となって体に現れます。
症状はさまざまですが、どれも病気が現れたものです。
悲劇を題材にした演劇を思い浮かべてみて下さい。
悲劇は舞台が悲しいのでなく、劇(脚本)が悲しいですよね。
舞台装置の照明や音楽を変えても、脚本が悲しいの内容ままだとそれは悲劇です。
脚本=意識 舞台装置=体 と考えてみてはどうでしょうか。
つまり
病気(意識レベル) と 症状(体レベル) を別と考えます。
端折ると言いながら、もう一つ例え話、、、
車の走行中にエンジン異常を知らせる警告ランプが点灯したとします。
警告ランプの光が邪魔だからとランプが点灯しないように電球を外して車を走行させていると、そのうちエンジンが故障して車は走行できなくなりますよね。
警告ランプの光が症状、エンジン異常が病気と考えてみます。
ランプの電球を外すのではなく、車を点検しエンジン異常(病気)を修理すれば、警告ランプの光(症状)は消えます。
体に現れる症状は、意識のバランスが崩れた事のサインとすると、
症状そのものでなく、症状が何を告げているか知ろうとする事が大切という事です。
以上が
西洋医学的視点ではなく、意識という観点からの病気と症状についての話でした。
お読み頂きありがとうございます。
今回の内容をより詳しく知りたい方は、『病気が教えてくれる、病気の治し方』トアヴァルト・デトレフゼン著(柏書房)
という本を読んでみて下さい。本の前半1/3は考え方、後半2/3は症状と解釈で構成されています。
ボディートークの考え方に共通しているためご紹介させて頂きました。
何かの参考になれば幸いです。